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  手放したものたちへ、もう別れを告げた。 たった一人を愛する歓びも、 舌を満たす甘い果実も、 見知らぬ地を旅する憧れも、 人が生きた証として残す、命の連鎖すらも。 それらはすべて、遠い霞の向こうへ置いてきた。 今の私にはもう、必要のないものだから。 人類は、一分、一秒たりとも、自らの快適な生活を手放したくはないのだ。 その底なしの欲望と安寧を守るためだけに、前へ前へと歩を進める。 その足元で、同じ「一分、一秒」を懸命に生きる 小さなありの命すら、無自覚に踏みつぶしていることにも気づかずに。 己の便利さが、どれほどの血と痛みを代償にしているのか、誰も見ようとはしない。 だからこそ、私の腕が抱きしめるべきは、この傷ついた地球。 私の耳が傾けるべきは、息絶えゆく数多の生物たちのさざめき。 理不尽に踏みにじられ、震える彼らに手を差し伸べ、 声を持たない彼らのために、私が声を上げるのだ。 空は濁り、森は焼け落ち、生命の織りなす網目は裂けていく。 私たちがこの手で招いた、取り返しのつかない崩壊。 誰もが目を伏せ、狂騒のままに歩み続けることへの 身を灼くほどの怒りと、底知れぬ絶望。 そして知ったのだ。 人類の身勝手な営みの裏で、 たった一日で、百種以上もの生命がこの星から永遠に消え去っているという事実を。 人知れず失われていく、あまりにも膨大な命の数を前に立ち尽くした時、 ただ己の欲のために生きてきた私の日々は、 なんと虚ろで、無駄な時間であったことか。 気づくのが、あまりにも遅すぎた。 私の残された命の時間をすべて捧げたとしても、 失われたものを元に戻すことなどできないだろう。 それでも、私は叫ぶことをやめない。 無残に踏みつぶされた、小さな命たちの痛みを胸に刻み、 残された時間のすべてを懸け、声なき者たちの代弁者として生き抜く。 遅すぎた後悔を背負いながら、 命の続く限り、私はこの星の叫びであり続ける。

お前は加害者

  この快適な生活を、1秒たりとも手放さずに 世界を良くしようなんて。 そんな甘い夢は、もう捨てるべきだ。 私たちの手の中にある「便利」の裏側で、 いったいどれほどの悲鳴が揉み消されているのだろう。 足元の土で息づく、名もなき微生物たち。 光の届かない海の底で、静かに命を繋ぐ者たち。 深い森の奥で寄り添い合う、無数の植物や動物たち。 彼らの声に耳を澄ませるべき時間は、もうとっくに過ぎてしまった。 私たちの底なしの貪欲さと、あまりにも残酷な身勝手さによって、 今日もまた、この星からいくつもの命が、音もなく永遠に姿を消している。 それなのに、私たちはなんて滑稽なのだろう。 目があり、鼻があり、口がある。 幼い頃から絵本やテレビで刷り込まれてきた、 「キャラクターのように愛くるしい動物」にだけ、私たちは声を上げる。 見えない場所で起きている生態系の崩壊には目を伏せ、 自分たちに似た姿の、感情移入しやすい命だけを救おうとする。 それは本当の愛なのだろうか。 それとも、ただの自己満足なのだろうか。 本当は、誰もが心の奥底で気づいているはずだ。 森を切り拓いた家に住み、 毎日たくさんの汚れた水を排水溝へと流し込み、 無数のプラスチックを身にまとい、使い捨てていく。 自分たちの何気ない日常が、どれほど確実にこの地球を破壊しているかを。 地球が熱を帯び、気候が狂い、命の網の目が崩れ落ちていく。 その引き金を引いているのは、他でもない私たち自身だ。 それでも私たちは、自分が「加害者」であるという事実から逃げ続けている。 誰かのせいにして、綺麗な言葉を並べて。 奪うことの上に成り立つ「快適」など、もう終わりにしなければならない。 自分が加害者であることを、その両手でどれほどの命を奪ってきたかを、 まっすぐに認めること。 絶望的な痛みを伴うその覚悟を持った時、 初めて私たちは、この星と向き合うことができるのだ。 # 環境問題 # 気候変動 # 生物多様性 # 地球温暖化 # 動物愛護 # 命の尊さ # 加害者

天秤

  アスファルトの隙間を懸命に歩く、あの小さなありんこの命と 水族館のガラス越しに賢い瞳を向ける、あのイルカの命と スーパーマーケットの冷たい棚に、値札を貼られて並ぶ幾千もの魚たちの命 そのどれ一つを取ってみても、血が通い、痛みを知り、ただ生きようとしていたという事実において、本来、優劣などあるはずがない。 もちろん、私にだってイルカと魚の違いは分かっている。 片や温かい血を通わせ、子を乳で育てる哺乳類であり、片や水の中に潜み、えらで息をする生き物。 けれど、そんな「哺乳類」だの「魚類」だのという区別すらも、人間が自分たちの理解のために勝手に名前をつけ、分類しただけの都合にすぎない。 どんな言葉で括られようと、どんな図鑑のページに分けられようと、生きようとしている「命」という天秤の上に置かれたその重さは、最初から何ひとつ変わらないのだから。 イルカは知能が高いと言われている。 けれど、知能が高いからという理由だけで、命の天秤を傾けてしまっていいのだろうか。 では、スーパーに並ぶ魚たちはどうだろう。 彼らはショーに出て歓声を浴びることもなければ、芸を教え込まれることもない。 ただ、群れをなし、暗い海の中で一分一秒を懸命に生き、泳いでいただけなのだ。 それなのに、ある日突然、大きな網にからめ取られ、刃を立てられ、皿の上に並べられる。 イルカの悲劇も、魚たちの辿る運命も、命の視点に立てばどちらも変わりなどないはずだ。 誤解しないでほしい。私はイルカが可哀想ではないと言いたいわけではない。 ただ、すべての命を真に「平等」として見つめ直したとき、見えてくる根本的な事実がある。 それは、人間という生き物の勝手な「欲望」と「性質」だ。 人は、自分と同じように目や鼻や口があり、自分たちの形に似たもの、幼い頃から見慣れた愛らしいもの、人に懐くものには、自ずと関心を寄せ、深い情を傾ける。 けれど、遠く離れた冷たい海の底で生きる存在に対しては、はじめから「食べ物」という認識のラベルを貼ってしまう。 自分に近い形のものには愛を注ぎ、遠い存在は食材として割り切る――それこそが、人類の歪んだ境界線なのだ。 テレビのニュース画面に映し出されたイルカの追い込み漁。 その残酷さに胸を痛め、涙を流し、「やめさせるべきだ」と声を大にして叫ぶ人たちがいる...

鏡の中

  森の息吹や海の深みの中で、長い年月をかけて綴られてきた無数の静かな物語が、私たちの目の前でこぼれ落ちていく。私たちは塔を高く積み上げ、終わりのない明日を追い求めているが、その一方で、地球の古い歌声はむなしいこだまへと消えていく。自分たちをこの世界の主だと呼ぶが、私たちは、自らの手で引き裂いた楽園の、ただの孤児にすぎない。最後の野生の声が静まったとき、私たちが本当は誰だったのかを映し出す鏡は、いったいどこに残されているというのだろう。

忘却の群れ

  誰も疑わない平穏の中で 足並みを揃えて歩く影たちよ その当たり前という名の厚化粧の下で あなた方の心は、いつから息を潜めているのだろう コンクリートの谷間に響くのは 傷ついた命の沈黙と それを踏みにじる乾いた足音ばかり 熱を帯びる地球の皮膚が裂け 声を奪われた毛並みや翼たちが 最後の瞬間に何を訴えていたか あなた方は、もう感じないふりをするのか 「みんながやっているから」という免罪符を盾に 命の重さを切り売りして築いたその豊かさは ただの、静かなる墓標でしかない 同じ星に生まれながら 愛し方を忘れ、共感を置き去りにし 効率と繁栄という名の歯車に成り果てた姿は あまりにも、哀れではないか もしも、この世界に生きる人類以外のすべての生物が 一斉にその声を解き放ち、叫びをあげたとしたら あなたは、その咆哮と嘆きに気づくのだろうか それとも、なおも耳を塞ぎ、目を閉じ続けているのだろうか 目覚めよ、まだその胸の奥に 風の痛みや、土の匂いを記憶しているなら 冷酷な時代の鎖を自らの手で断ち切り 再び、人間としての鼓動を取り戻せ

矛盾の季節

  アスファルトの地表が揺らめき、 焼け付くような熱気が街を包み込む夏、 誰もが口々に「地球温暖化だ」と顔をしかめる。 その声はまるで、自分たちが無垢な被害者であるかのように響く。 だが、空を見上げて太陽を呪うその唇は、 自らの足元にある真実を、あまりに鮮やかに忘れている。 緑を切り倒し、大地をコンクリートで固め、 熱を閉じ込める巨大な迷宮を作り上げたのは、ほかならぬ我々なのに。 生み出した熱の渦から逃れるため、 分厚い窓を閉ざし、冷房のスイッチにすがるように手を伸ばす。 人工の冷気に満たされた部屋で冷たい飲み物を口にし、 「今年の夏も異常気象だ」と、他人事のように眉をひそめる。 自分たちが快適さを望むその代償として、 数え切れないほどの他の生物たちが犠牲になっているという現実を、 この身勝手な人類は、気づこうともしない。 さらなる快適さを求めて化石燃料を燃やし続け、 地球の体温を自らの手でさらに引き上げているというのに、 その破壊の連鎖に目を向ける者は、どこにもいない。 痛みを撒き散らしながら、救いを乞う。 壊し尽くしながら、涼しい庇護を求める。 なんと都合よく、なんと身勝手な生命体だろうか。 人工の風を背中で受けながら、 この傲慢な生き物たちの滑稽な営みを眺めていると、 胸の奥から込み上げてくるのは、冷ややかな怒りと、 どうしようもない不快感と吐き気だけだった。 人類という、あまりに愚かな、クソ野郎どもよ。