お前だぁ‼️
人類の矛盾 今日、また気候変動について考えていた。 世界では、干ばつによって水場を失い、苦しんでいる人々がいる。 その映像を見て、多くの人が「かわいそうだ」と思う。 もちろん、人間が苦しんでいることは悲しい。 でも、ふと疑問に思う。 なぜ、私たちはいつも人間だけを見ているのだろう。 干ばつで水がなくなるのは、人間だけではない。 野生動物たちも水場を失う。 食べ物を失う。 生きる場所を失う。 氷が溶ければ、そこを生きる動物たちの暮らしも変わる。 海が変われば、そこに生きる無数の命も影響を受ける。 そして、その一つひとつの命には、私たちには想像できないほど長い歴史がある。 何千年、何万年、あるいは何百万年という時間をかけて、命から命へと受け継がれてきた。 それが、たった一度の地球環境の変化によって途切れてしまう。 一つの種が絶滅するということは、 単に「動物が一匹死んだ」という話ではない。 その種が歩んできた長い生命の歴史が、そこで終わるということだ。 それなのに私たちは、人間が苦しんでいる映像を見れば「かわいそう」と言い、涙を流す。 一方で、動物たちが生息地を失い、飢え、渇き、そして静かに消えていくことには、どこか無関心でいられる。 そして映像が終われば、またいつもの快適な生活へ戻っていく。 電気を使い、物を買い、資源を消費し、便利さと豊かさを享受する。 もちろん、一人の人間だけにすべての責任があるわけではない。 社会の仕組みも、産業も、政治も、経済も関係している。 それでも、私たちはその仕組みの中で生きている。 だからこそ、私はこの矛盾に強い違和感を覚える。 人類は、自分たちが快適に暮らすために地球を変えてきた。 そして、その結果として生まれた環境の変化によって人間が苦しむと、 「なんて悲惨なんだ」 「かわいそうだ」 と言う。 でも、その同じ瞬間に、 人間以外の無数の命も苦しんでいる。 声を上げることもできず、 助けを求めることもできず、 ただ静かに生きる場所を失っている。 私は、そこに人類の大きな矛盾を感じる。 そして時々、吐き気がするほどの違和感を覚える。 地球は人間だけのものではない。 私たちが「かわいそう」と画面越しに見ているその世界で、 同じように、いや、それ以上...