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人類

  手の中の小さな命には 涙を流せるのに 見上げる空のひずみには どうして 僕らは目を閉じるのだろう。 遠い祖先から受け継いだ このちっぽけな 脳の器は 「目の前の悲鳴」を聴くために作られ 「見えない世界の危機」を 測るようにはできていない。 水槽の底で 震えるイルカ 傷ついた一頭の 頼りない背中 そこには 顔があり、物語があり 今すぐ差し伸べられる 手のひらがある。 けれど 押し寄せる熱波も、膨らむ数字も、 あまりに巨大で、あまりに透明で。 僕らの心は その大きさに追いつけず ただ 立ち尽くすことしかできない。 なにより、恐ろしいのだ。 その大きな鏡に 映る自分が。 小さな命を救うとき 僕らは 優しい「ヒーロー」になれる。 差し出したぬくもりの分だけ 「正しい自分」を 抱きしめることができる。 だけど 燃える地球と向き合うとき 僕らは 逃れようのない「加害者」になる。 走らせる車、灯すあかり、暮らす部屋、 そのすべてが 静かな破壊の引き金だと 知ってしまうから。 「自分が悪者だ」という 痛みに耐えかねて 僕らは今日も、都合のいい目隠しをする。 大きな罪から 目を背けるために 小さな善意という名の 隠れ家に逃げ込んで。 この矛盾こそが、人間の業(ごう)。 愛おしくも どこまでも不器用な、僕らの姿。

緑の沈黙

  愛らしい瞳が潤むとき 私たちは駆け寄り、その手を差し伸べる 温かな鼓動を守ることは この上なく尊い、優しい祈り けれど その命が踊る舞台が 音もなく、静かに崩れ去っていることに どれほどの人が気づいているだろうか 枝葉が呼吸を止め 土が渇き、森がその輪郭を失うとき そこには声なき絶滅の連鎖が ただ静寂として横たわっている 「あの子」を救いたいという願いと 「森」が消えゆくという現実 その二つの道は、本当は一本の道なのに 私たちはまだ、分断された地図を歩いている 木々を愛でることは 空を仰ぐことは そこに生きるすべての命の、源流を守ること 目に見える愛しさの先へ その命を繋ぐ、深い緑の静寂へ どうか、想いを馳せてほしい 舞台がなければ、劇は終わる 森がなければ、命は行き場を失う 守るべきは、個別の温もりだけでなく その温もりを抱きしめる この地球という、大きな大きなゆりかごなのだから

矛盾の炎

  「森を守ろう」と声高に叫び その言葉を刷るために、また木を切り倒す。 「命の海を美しく」と歌いながら 使い捨ての便利さで、波間を濁していく。 冷房で凍えるほど冷やした部屋のなか 地球温暖化のニュースにため息をつき、 「エコ」という名の免罪符を提げた袋には 過剰に包装された、終わりのない欲望を詰め込む。 私たちは、なんと哀れで無責任なのだろう。 自らを賢い生き物だと信じ込みながら、 自分たちが乗っている船の底板をひっぺがし、 それを燃やして暖をとって喜んでいるのだから。 大地は悲鳴を上げない。 海は言葉で怒らない。 だが、その沈黙は決して「許し」ではない。 狂いゆく季節と乾いた風が、静かに限界を告げている。 「未来を救う」ための会議へ向かうため、 今日も空へ莫大な煙を吐き出しながら空を飛ぶ。 この滑稽な矛盾の連鎖に、 いったいいつまで気づかないふりを続けるのか。 もう、猶予など残されてはいない。 自ら編み上げた「便利」という名の縄で、 ゆっくりと、確実に、 自らの首を絞め上げていることに。

その瞬間まで…

  青かったはずの星で、太陽が牙を剥く。 風は熱を帯びた刃となり、海は煮えたぎる釜となる。 緑の肺は悲鳴とともに黒い炭へと変わり、 命の記憶が、空高く煙となって消えていく。 それでも、彼らは歩き続ける。 冷え切った部屋の中で、四角い画面の幻影に溺れ、 「今日も暑いね」と、空虚な笑みを交わしながら。 足元で大地がひび割れ、血を流しているというのに、 誰一人、その視線を下へと向けようとはしない。 「いつか、賢い誰かがどうにかするだろう」 無責任な希望の言葉が、ひどく冷たく響く。 その「いつか」は、とうの昔に灰に埋もれた。 私たちは、自らの手で火を放ちながら、 炎の中で「なぜこんなに熱いのか」と嘆く、愚かな傍観者。 焼け落ちたこの星の墓標に、言い訳は刻まれない。 すべてが燃え尽き、息絶えるその瞬間まで、 この恐ろしい無関心の夢から、目を覚まさないつもりか。

“立派な生命体だ”

  設定温度は18度、完璧にコントロールされた楽園。 室外機は今日も元気に、外の世界へ地獄の熱を吐き出す。 「今年の夏は、地球が悲鳴を上げているね」 涼しい顔で冷たいコーヒーをすすり、 ストローを紙に変えただけで、誰もが聖人の顔をする。 地球を救おう、と彼らは優しく歌う。 オーガニックの綿で編まれた、10枚目のエコバッグを抱え、 二酸化炭素を出さない最新の電気自動車でハイウェイを滑る。 そのバッテリーを満たす電力を生むために、 遠くの町で黒煙を上げる石炭の煙は、 バックミラーの霧の彼方に、綺麗さっぱり消し去って。 「ペーパーレスで、豊かな森を守ろう」 スマートな画面に踊る、緑色の美しいスローガン。 それを24時間処理するデータセンターが、 冷や汗をかくように冷水を飲み干し、電力を貪り食う。 指先ひとつで環境活動家になれる僕らの、 なんと洗練された、なにとぞ高尚な暮らしだろう。 そもそも、どこまでも傲慢なのだ。 46億年を生き抜いたこの巨大な岩石にとって、 人類の歴史など、一瞬のタチの悪い皮膚炎にすぎない。 氷河が溶けて困るのは地球ではなく、 砂漠が増えて泣くのは地球ではなく、 ただ、僕たちの「都合のいい生存圏」が消えるだけ。 「Save the Earth(地球を救え)」 美しい嘘でコーティングされた、その言葉の本音を翻訳しよう。 「Save Our Luxury(僕らの贅沢を、永遠にシステムに組み込め)」 今日も私たちは、100年後の子供たちの未来を憂い、 涙ぐみながらSNSに不満を書き込む。 そのスマートフォンに使われたレアメタルが、 どこの国の、どんな子供の手によって掘り起こされたかも知らないまま。 明日捨てるための、最新の「エコ商品」を、 私たちは今日も、笑顔で買い物カゴへ放り込む。

燃える船の特等席

  遠い海で、巨大な氷が悲鳴をあげて割れる 見知らぬ森で、無数の羽ばたきが煙に消える 私たちの「便利」と「豊かさ」の影で 声を持たない命たちが、今日また静かに終わっていく それなのに 朝になれば、淹れたての珈琲の香りが部屋を満たし 電車は一分の遅れもなくホームへ滑り込む 液晶画面の向こう側で流れる悲劇は 指先ひとつで、次のエンターテインメントへと切り替わる なぜ、私たちは平気な顔をして歩けるのだろう 空が少しずつ、その青さを変え始めているのに なぜ「今日もいい天気だ」と笑い合えるのだろう 見えないふりをしているからだろうか それとも、大きすぎる現実に怯え、 心を麻痺させることでしか生きられないからだろうか 私たちは、分厚いガラスに守られた箱庭の中で 永遠に続く「日常」という幻を、ただ消費し続けている それはまるで、炎に包まれ沈みゆく船の特等席で 優雅な音楽に合わせて、ワルツを踊り続けているように。 いつか、この足元にまで冷たい水が満ちるその日まで あるいは、窓の外から一切の鳴き声が消える日まで 私たちは目を伏せたまま、 明日も続く「当たり前」を信じて疑わないのだ。