愛の形
温かな部屋で、丸くなる背中を撫でるとき 私たちは 優しい神様になる。 ガラス越しに、愛嬌を振りまく命を見つめるとき 私たちは 愛に溢れた保護者になる。 手の届く場所にある命。 目が合い、声が聞こえ、私たちにどこか似た命。 犬の温もり、猫の喉鳴り、檻の中で飼い慣らされた野生。 私たちはそれらに名前を与え、愛を注ぎ、守ろうと涙を流す。 けれど、視線を足元のさらに深くへ、 あるいは、コンクリートの壁のずっと向こうへ向けてみよう。 光の届かない冷たい海の底で、 泥を這い、息を潜める奇妙な形の命たち。 人間の踏み入らぬ深い森の奥で、 ひっそりと生まれ、静かに朽ちていく名もなき命たち。 彼らには、愛らしい瞳がない。 私たちを慕う、分かりやすい鳴き声もない。 だから、私たちの手はそこまで伸びない。 「見えないもの」は、存在しないものとして扱われ、 救いのリストの、いつも一番下に書き込まれる。 なぜ私たちは、自分に似たもの、耳障りの良いものだけを愛するのだろうか。 なぜ私たちは、目の届く範囲だけを「世界」と呼ぶのだろうか。 それはきっと、見えない痛みを想像するには、 私たちの心が、あまりにも不器用で、狭いからかもしれない。 「かわいい」という感情のフィルターを通さなければ、 命の重さを量ることができないからかもしれない。 しかし、気づいてほしい。 私たちが手を差し伸べない暗闇の中にも、 確かに脈打つ心臓があることを。 名前を持たない無数の彼らの呼吸が、 この地球という星の生態系を、根底から支えていることを。 愛らしさだけで、命に順位をつけるのをやめよう。 目の前にある小さな世界だけでなく、世界の果ての暗闇を想像しよう。 見えないものへと思いを馳せ、そこに生きる命の尊厳を認めたとき、 人類は初めて、本当の意味での「優しさ」を知るのだから。